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真理に生きる(実践スピリチュアリズム)

~ 感謝の中で、毎日を現実的に生きていくこと。毎日の丁寧な営みを。 ~

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霊能を特別望む必要はない

(10.03.20更新)

 巷ではスピリチュアルとかスピリチュアリズムという用語が、何か魔法や奇跡のような類で扱われることが多いかと思います。そして、そういったものを求める人は「霊能」を望む(あるいはすがる)ことがほとんどです。また、そこに、「あなたも修行すれば霊的な力が授かりますよ」などと不必要に誘い込む自称スピリチュアル・カウンセラー、スピリチュアル・ヒーラーも残念ながら多くいらっしゃいます(波長の法則によって、いたずらに求めるから、そういった人を寄せつけるわけですが。こういった現状をみていますと、何かやはり、「霊能者」=「素晴らしい人、霊性の高い人、お役目を授かった特別な人」という"誤解"があるのかもしれません。霊能者ご自身はそんな風に思っていなくても、周りがその人を神格化していまっているケースも見受けられますし、「スピリチュアリストは霊能者になること」だといった幻想に囚われている方、「今回生まれて来た目的を霊能者に聞くことが一番大切」という方もいらっしゃるようです。私は霊能や霊能者を否定したいわけではありません。(別途記事にしますが)その必要性は感じています。しかし世の中を見ていますと、どこか違うなと思う人たちばかり見受けられるのです。

 確かに日常生きている中にあって、霊視によって今現在の心境や環境、前世も含めた過去、そして近い未来が視えるといった、人智を越えた事実には驚くことでしょう。霊的世界を初めて目の当たりにした人は誰でも、神秘なことへの興味が湧くのではないか、だから最初のうちは霊能者に対して注目度があがるのは致し方ないとは思います。しかしスピリチュアリズムを正しく理解して霊的実相をみていくと、霊界の高級霊が、霊的世界(目にみえないもの)があるということを示したり、スピリチュアリズムを普及し精神的価値観で生きることの大切さを諭すために、霊能者はただ霊媒として使われているだけ、霊能者は現世の中の数ある職業の一つであって、一つの役目を果たしているに過ぎないということがわかってきます。心正しい霊能者であれば、霊能は霊的世界からの働きかけがあって初めてもたらされるものであり、主体は自分ではなく霊的世界だということ、自分は霊的世界の橋渡し役、道具であるということを理解されているし、それを受け入れていらっしゃることと思います。

 江原さんは以下のように仰っています。
 「皆さんは、この世に生まれてくる前はあの世にいたんです。死んでこの世を去ったら、みんな霊能者になっちゃうんですよ。今はこうして多くの方が私の話に耳を傾けて下さるけれど、死んだらいきなり私の先輩になってしまうんですからね。ですから霊能者だからって何も偉くないんです。私だって未熟だからこの世に生まれてきているし、中々真理を実践することは難しいけれど、皆さんといっしょにこの現世で学んでいる一人の人間なんです。
 前世・守護霊は誰だとか、オーラ何色になった?どこのパワーストーン、スピリチュアルスポットがいいの?とか知ったって、それだけだったら人生には何の役にも立ちません。オカルト興味はあの世に帰ってからでもできるんです。そんなことよりも、なぜ私たちがこの現世に生まれて来たのか、なぜわざわざ苦労の多い物質界に来たのかをよくよく考えていくと、粗雑なことに振り回されなくなります。この現世の旅なんてあっという間ですよ。だから自分の未熟さを一杯出して、そこから少しでも浄化向上できるように、人生をしっかりと生き抜いていくことの方が大切なんです。」

[最後に、江原さんとシルバーバーチからいただいたメッセージを元に、この記事を締め括りたいと思います]
 人は誰もが皆、素晴らしい存在であり、それぞれが生きるフィールドの中で素晴らしいお役目を授かってきています。皆それぞれ違ったカリキュラムを持って生まれてきているんだから、そういった観点から考えても、霊能なんて特別望むことも羨む必要もないと思います(必要ないから持ってこなかっただけ、ない方が現世において学びになるということも多いのではないかと思っています)。 霊格(霊性の高さ)=人格ですし、動機が不純では(その人の低い波長に見合った)低級霊の憑依を受けるだけでしょう(低級霊は高級な人物や神の名を語るニセモノです。ヨコシマな人間の願い事を叶える程度の霊能力を有しているため、人は「神が降りた」と錯覚するのですが、そういった低級霊のタチの悪さは言うまでもありません)。
 奇跡や魔法を追い求めるよりも、日々の生活の中にいかに沢山の幸せが溢れているか、そのことに気づくことの方が大切だと思います。そして、霊界はいつ何時でも私たちをみています。自分の課題を内観しながら他者と関わり合い、前向きに乗り越えていこうと努力することで、生きている人を始め守護霊やその他の目に見えない存在が、その道をサポート(後押し)してくださるかもしれません。(あせる必要はありませんが)自分が少しずつ高い波長になっていけば、現世で出会う人も自ずと変わってきます。自分が高い波長であれば、高級霊がサポートしてくださることもあるでしょう(そうなると今度はその人(の活動)を通して、高級霊が現世に働きかけをしやすくなるでしょう)

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Comment

NoTitle 

こんにちは,お昼休みに読ませて頂きました.

さすが,本筋を捉えておられるご意見と拝察しました.本当の意味でスピリチュアリズムを実践する人(つまり,自分とその務めに正面から向き合える人)は,霊能者や霊視者ではなく,あるいは町で焼き鳥を焼いているおばちゃんであり,あるいは罪を犯して服役している人であり得ると思うのです.

スピリチュアリズムを語る,あるいは神を・霊を語る...となると,しばしば奇跡や不可思議現象を語ることと同意義に捉えられがちです.が,もっとも境涯の高い教えは,昔ながらの道徳教本...どころか童話や絵本にだって登場する,ありふれた真理であろうと思うのです.

長いコメントになってしまいました,すみません...
ちょっとヘコミ気味のところに良いエントリを頂きました.ありがとうございました.


  • posted by 求道猫 
  • URL 
  • 2010.02/25 13:00分 
  • [Edit]

NoTitle 

大変参考になりありがとうございます。
奇跡や魔法をおい求めるよりも、日々の生活の中にいかに沢山の幸せがあふれているかきづくことが大切とありましたが、そのとおりだと思います。
毎日の生活の中で、できわく事すべて良きも悪しきも不足に取るか感謝に取るかで、大きく変わってくると思います。悪しきことでも自分に必要なことと
とらえ、物事を悪く取らないことだと思います。
日々、自分を、点検反省し、人の中で磨いていけたらと感じています。
しかし、心コロコロで喜んだり落ち込んだりと、平常心は、むずかしいものです。切り替えをよくし、前向きに生かされている感謝、この世に生をいただいた感謝を心におき、又、人の幸せを願えるようにもしていけたらと思います。
  • posted by まーまー 
  • URL 
  • 2010.02/27 21:50分 
  • [Edit]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • posted by  
  •  
  • 2010.02/28 18:19分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

求道猫さん、こんばんは。

コメントありがとうございました&返事が遅くなってすみません。
いつも共感することばかりで嬉しい限りです。
特に、

> もっとも境涯の高い教えは,昔ながらの道徳教本...どころか童話や絵本にだって登場する,ありふれた真理であろうと思うのです.

 こちらについては、私がまさに次回の記事に書こうとしていたテーマの内容でしたので、拝見した時はホント驚きました。代弁してくださりありがとうございます(次回は類似した結論となるかもしれませんが、私なりの視点で書かせてください)。
 ちなみにこのブログにコメントを寄せて下さっているはるひろさんも、同様に道徳的なことが大切ではないかと、以前にこちらの記事「この世の「思想・哲学」は玉石混交、「妄信」の危険性」(http://gogomizop.blog83.fc2.com/blog-entry-84.html#comments)で仰ってくださっていまして、ホントそのとおりだと思います。そしてまた、ここにも色々な考察ポイントがありますので、今後深めていければと思っております。

 あと、「焼き鳥屋のおばちゃん」というチョイスは面白く興味深かったです(^^)。そこを選択した求道猫さんの人柄が分かる気がします。私は下町問わず人情味溢れる人々が昔から大好きです。オカシな霊能者の「お告げ」よりも、地で生きてこられた方の人生訓の方がよっぽど素晴らしいし、まっとうではないかとも思っています。以前、飲み屋でエネルギッシュで快活な55歳のご婦人に、叱咤激励されたことは今でも覚えています。
 この世にはいろんな職業がありますが、職業の優劣なんかないし、そしてまた、どの業界も人それぞれ、玉石混交なんですよね。だから、その人の人間性や人間の心の成熟度合いをみていくことが大切ではないか、と私は思っています。

Re: NoTitle 

まーまーさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

「人の心は常に動いているもの」と、私の尊敬する藤井輝明先生が仰っていましたが、まさにその通りだと思います。スピリチュアルな視点では、だから学びになるといえるのかもしれません。

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gogomizop

Author:gogomizop
本名:溝口 英巳
[ブログは基本的に、週一更新]

 霊的真理を正しく理解し、何事もおそれず、この世の限りある生を精一杯込めて生きることを目指すスピリチュアリストのブログです。
江原啓之のスピリチュアリズムが中心です。私が彼を師事している理由の一つに、「心」を重んじていることがあげられます。スピリチュアルといっても、ただ霊的な裏付け・視点を増やしているだけで(これらが大切でもあるのですが)、人生をどのように生きていくかについては、しごくまっとうなことを仰っているだけなんです。私は"感謝の中で毎日を現実的に生きること、毎日の丁寧な営み"こそが大切だと思っています。
 日々の内観の確認として、また人生の岐路に立った時・迷った時、皆様の道しるべとなれるなら幸いです。私自身、未熟な存在ですので、色々とご指導を仰ぐことも多々あるかと思います。どうぞよろしくお願いします。
 既成宗教の信仰はございません。精神世界系の団体に加盟すること、作ること、スピリチュアル関連の勧誘行為・経済活動は一切ございません。

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