FC2ブログ

真理に生きる(実践スピリチュアリズム)

~ 感謝の中で、毎日を現実的に生きていくこと。毎日の丁寧な営みを。 ~

ブログ検索   
Google検索   [ ウェブ全体 ブログ内 ]

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

私が「真理」を問い始めた理由:頭でっかちと呼ばれて

(10.07.02更新)


 私自身はあまり自分のことを公にするのは好みませんが、私がなぜ人生というものを見つめ始めるようになったのか、そしてなぜ「真理」を探求し続けるようになったのか、そのきっかけについて本日は少しお話ししたいと思います。

 私は1977年、両親の下に長男としてこの世に誕生しました。ただ、人と違っていたのは私は生まれつき人よりも頭が大きかったということでした。「水痘症の類だろう」、軽いものでしたのではっきりと医師から断定されなかったそうですが、この病気は脳に水が貯まることで脳圧に影響し、頭が肥大化してしまものだそうです。

 両親は私を大切に育ててくださったのですが、小学校や中学校に入学すると、この先天的な病気のことで、たくさんのいじめや偏見などに遭うようになりました。特に私の通っていた中学校は、五分刈りという校則がありましたので、頭の形がもろに露出し”奇形”扱いされ笑いの対象になりました。「えんどうまめ」「ピッコロ大魔王」「エイリアン」「宇宙人」・・・様々な人から次から次へとあだ名を付けられました。行き帰りに笑って挨拶してくれたと思った人たちも、「今、お前の頭のことを馬鹿にして笑われてたんだよ。」と後で友達に聞いた時などもショックでした。「やっぱりそっちか・・・」私は落胆しました。いじめられた人を憎んだりということはありませんでしたが、ただ私自身とっても悲しかったです。いじめの数が半端なかったので私の心は段々と屈折していきました。私はあまり人に相談するタイプではなかったですし、気も弱かったので、一人で悩みを抱えつつ自分の気持ちを押し殺してきました。「なぜ僕は人と違うんだろう」「人生は不公平じゃないか」「僕は普通の人間になりたい」私はいつもそう思って自分の人生を呪ってきていました。

 その中学の三年間が終わり、高校へ入学して自由に髪の毛を伸ばせるようになると、いじめはぴたりと止みました(それ以降、現在に至るまでありません)。私は、嫌なことを言われない毎日が嬉しくてたまりませんでした。目の前がパーッと白く開けたような感覚でした。「みんなが何気なく過ごしている日常って、こういうものなんだ」と深く喜びを実感しました。高校では、過去に私に嫌なことを言っていた人たちと再び話す機会も多く、(過去のことをケロッと忘れていたようでしたが、)友達にもなりました。高校、大学、社会人となんだか別の人生を歩んでいるような感覚がありました。

 そして高校入学から16年後、昨年(2009年)の夏のことですが、私はずーっと私の心の中で溜めてきた負の思いがまだ残っていることに気づきました。「確かにいじめはなくなった。でも・・・自分の中に蓋をしたままで、自分と向き合うのを避けてきただけなんじゃないか。」そう思いました。その当時、私の耳や目に飛び込んでくる言葉は、「寛容」「ゆるし」という類のキーワードでした。年々胃腸が弱ってきていることには気づいていたのですが、その夏に(ウイルス性の)食あたりをしたとき、その尋常じゃない腹痛と下痢に「これはいよいよ自分を見つめなければいけないな・・・」と深く決意しました。その時私の手元にあった本は、精神科医であるジャンポルスキー博士の書いた「ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない」でした。私は一日かけてゆっくりその本と向き合うことにしました。そして私は、「自分で自分をいじめていた」ことに気づき、かつて自分自身が抱いた負の思い「私は不幸だ」「こんな体に生まれなければ」などと思っていた自分を恥じました。そして何も解決していなかったことにも気づきました。私が”負のこだわり”を手放そうと思ったのはそこからです。

 長い時間がかかってしまったし、負の思いからスタートしてしまったけれど、この私自身の経験そのものが、私が「人生哲学」を考え「真理」を問う大きなきっかけになりました。
 高校生の時に「何気ない日常」がこんなに有り難いものだと実感できたことは、私のはじめての大きな財産です。
 そして、こんな辛い思いをするのなら、こんな悲しい思いをするのなら、こんなことを人にはしまい、したくないと本気で思えるように、自身の経験が教えてくれました(カルマの清算でもあったのでしょう)。
 また、世の中には身体的に人と違うことで苦労されてきたり、精神的に参ってしまった方はたくさんいらっしゃるかと思いますが、私自身が過去に経験してきたからこそ、その思いが本当に身にしみてわかり、自然と私の関心事になっています。もし私がなに不自由なくただ普通にのほほんと生きてきたとしたら、わからなかったことかもしれません。
 最後に命についてですが、私が過去いじめなどに遭っていた時に人生を絶望して自殺に向かわなかったのは、笑って楽しく過ごせる友達や、人生の先輩方からの叱咤激励が沢山あって、そこに人生の喜びや意味を見出すことができたからです。両親もいろんな事でバックアップしてくださいました。だから私は一人で生きてこられたなどとは決して思いませんし、多くの人と関わることができたから、いっぱいの愛をいただいてきたから今生きていられるんだと思っています。スピリチュアルなリーディングでも、「あなたは何回か命を助けてもらっていることに気づいていますか?」と聞いた時には、小学校の時に自分の不注意で道路に飛び出して交通事故に遭ったり、勢いのついた長ブランコが頭に直撃したり、大学や社会人になって精神的に追い込まれたりした時などを振り返り、「そうか、私はいつ死んでいてもおかしくなかったんだな」と思いました。今、私が生きているこの人生は、前向きな意味で「おまけの人生」だと思いながら、いつ死んでも後悔しないように、これからはいただいた人生を大切に生きていこうと思います。いただいた愛をお返しするために。

スポンサーサイト

Comment

NoTitle 

みぞっぷさん、こんにちは。
私には理解の及ばないような辛い思いをされたんですね。
私も陰湿ないじめを小学生の時に2年間みっちりと受けました。当時まだいじめが社会問題になる前だったので先生がホームルームのときに注意しただけでその後もいじめは卒業まで続きました。このときの経験は私を萎縮させましたが、(よくも悪くも)耐える性格を強くさせたように思います。

生意気だった私は中学に入学してから一年間学校の不良グループに待ち伏せされたりと精神的にも追い込まれました。

それなりに少しは楽しい時期もありましたが、高校入学から卒業までとくにこれといったいい思い出もありません。

浪人中にパニックになって何年か家から一人では出られずに過ごしバイトを始めたのは20代前半だったでしょうか。

その頃から少しずつ「社会復帰」をするようになりました。私の話をしてもしょうがないのでとりあえず現在のことになりますが、今は時々怒りに囚われてしまうことと体調を別にすれば、なかなか恵まれた時期だと思います。

私も本はわりと読むようになりましたが、みぞっぷさんのように「自ら内省して」自分自身を解放するということがまだできていないのではないかと思うこともあります。ただ、過ぎ去ったことは受け入れるしかないとは思いますが。

紹介された本の著者の別のものを持っていますがまだ読んでいません。読書に関しての優先順位が自分でもよくわからないようです。

私もそれなりに「真理」を知りたいと考えています。でも、おそらく人間の知ることのできる範囲というのは一部だと思います。それは江原さんのおっしゃっていることと同じです。

「おまけの人生」についてですが、オマケのほうが本体よりも価値があるということがよくあるので、実はオマケと思われているこれからの人生のほうが重要なのではないかと逆説的に考えたりします。

たぶん私は今やっとスタート地点に着いたのでしょう。将来にのことを考えると身震いすることもありますが、なんとかなるさという楽観的な自分もいます。

貴重な体験をお話してくださってありがとうございました。

  • posted by はるひろ 
  • URL 
  • 2010.04/11 15:55分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

はるひろさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

はるひろさんのお話、じっくりと読ませていただきました。以前にも少しmixiで伺ってはおりましたね。

> たぶん私は今やっとスタート地点に着いたのでしょう。
→私も同じようなものです(^^)スピリチュアリズムに出会ったのはたったの三年前ですから。また、よく気づくのが早かったか遅かったかなどと言われることもありますが、私自身は、気づいたことそれ自体が貴重なのであって、いつでも遅くないと思っております。誰とも競争していないですし、その人その人のペースもあると思いますから。

> なんとかなるさという楽観的な自分もいます。
→いいですね!この気楽さはいつも持ち合わせていたいものです。

> 実はオマケと思われているこれからの人生のほうが重要なのではないか
→こちらは100%共感いたします。代弁してくださってありがとうございます!この「おまけ」という言葉、”粗末”にするというのではなくて、私自身は一度死んで、この後の人生はいただいているもの、だから大切にしていきたい、今後の人生をお返しのために使っていきたい、という意味を込めて使っております。

> 私もそれなりに「真理」を知りたいと考えています。でも、おそらく人間の知ることのできる範囲というのは一部だと思います。それは江原さんのおっしゃっていることと同じです。
→ここで仰っている「真理」は、「霊的真理」を指しておられるかと推察いたしましたが、確かにスピリチュアルな事を突き詰めていくと、わからないことも多いことは確かです。ただ、私が思う「真理」については、”霊的世界を信じる/信じない関係なく”そこについて捉えております。こちらについて記事にするお約束でしたね。お待たせして申し訳ございませんでした。実は、今回の記事で自分自身の過去についてお話させていただいたのは、私自身のこれまでの体験から感じたこと、考察したことが「私が思う真理」に大きく影響しているからです。次回の記事以降、数回に分けてお話させていただきたいと思っております。

NoTitle 

みぞっぷさん こんばんわ
小中学校は,大変つらい思いをしたのですね。
私も長年にわたり、顔の事でまわりの人に云われ続けて悲しくつらい思いをしてきました。
みぞっぷさんのつらかった思いがよく判ります。
みぞっぷさんがその事を話さなくても、きっと両親は判っていて心痛く思っていたと思います。
子供の一挙一動、特に母親には心に思っている事、せつない事、うれしい事は、たいがいの事は判るものです。
親は、見守ることと、どんな時も子供を信じ子供の味方でありたいと常に思っているものです。
そのつらかった思いが、真理を学ぶきっかけになったとの事、これからの人生、きっと意義あるより良い人生となると確信しています。
応援しています。
  • posted by ー 
  • URL 
  • 2010.04/16 20:46分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

ーさん、コメントありがとうございました。

私の尊敬申し上げる方の一人にタッチ先生こと、藤井輝明先生がおられます。私は彼の著作や映像を見て、自分自身を恥じ、そしてその生き方や言動にものすごく勇気をもらいました。「コンプレックスがあるから人は強くなれる」、そう仰っていました。
(ようやくではありますが)私自身は、もう自分自身を許すことができ、このことがあったからむしろ良かったと思えるようにまでなりました。
今、新しい仲間と、新しい生き方を模索し始めています。

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

Trackback

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

-

管理人の承認後に表示されます
  • from  
  • at 2012.05.08 19:54

左サイドMenu

プリザーブドフラワー時計

インテリア 雑貨 エコロジー

カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別

03月 | 2019年04月 | 05月
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -


プロフィール

gogomizop

Author:gogomizop
本名:溝口 英巳
[ブログは基本的に、週一更新]

 霊的真理を正しく理解し、何事もおそれず、この世の限りある生を精一杯込めて生きることを目指すスピリチュアリストのブログです。
江原啓之のスピリチュアリズムが中心です。私が彼を師事している理由の一つに、「心」を重んじていることがあげられます。スピリチュアルといっても、ただ霊的な裏付け・視点を増やしているだけで(これらが大切でもあるのですが)、人生をどのように生きていくかについては、しごくまっとうなことを仰っているだけなんです。私は"感謝の中で毎日を現実的に生きること、毎日の丁寧な営み"こそが大切だと思っています。
 日々の内観の確認として、また人生の岐路に立った時・迷った時、皆様の道しるべとなれるなら幸いです。私自身、未熟な存在ですので、色々とご指導を仰ぐことも多々あるかと思います。どうぞよろしくお願いします。
 既成宗教の信仰はございません。精神世界系の団体に加盟すること、作ること、スピリチュアル関連の勧誘行為・経済活動は一切ございません。

最新記事

Tipコメント(最新10件)

  • 07/30:今田 遥

  • 08/17:gogomizop

  • 08/16:求道猫

  • 06/13:まーさん

  • 05/17:まーさん

  • 05/14:gogomizop

  • 05/12:求道猫

  • 05/07:自称・ゴーダマの弟子

  • 04/19:gogomizop

  • 04/16:ー

マザー・テレサ映画祭

今年2010年はマザー・テレサの生誕からちょうど100年目。只今、「マザー・テレサ映画祭」が開催されています。
2010年1月16日(土)~ 夏頃まで
各地で順次開催
「マザー・テレサ映画祭」公式サイト バナー(リンクフリー)

QRコード

QRコード

来訪者

右サイドメニュー

Twitter

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。