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真理に生きる(実践スピリチュアリズム)

~ 感謝の中で、毎日を現実的に生きていくこと。毎日の丁寧な営みを。 ~

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三つの命のつながり

(09.09.22更新)

鎌田實オフィシャルウェブサイトへ
(鎌田實オフィシャルウェブサイトより)
鎌田實(かまたみのる)さんは私の好きな医師の一人です。謙虚でとてもあったかい方です。これまで医師という立場から、様々な患者さんを診ることで、命と向き合ってこられました。

 


「三つの命のつながり」


人は三つのつながりのなかで生きている。

人と人とのつながりのなかで生活をいとなみ、

人と自然のつながりのなかで命は生かされ、

体と心のつながりのなかで生命を育んでいる。


がんばらない」 鎌田實著

 

 ☆人と人とのつながり[鎌田實 自殺予防講演より(09.09.05 杉並公会堂)]
「戦後の日本は、みんなが貧しかった。僕の父はいつも夜遅くまで働いていて、僕の母は心臓病でずっと入院していましたから、子供の頃はいつも一人でした。近所にお酒屋さんがあって、そこによく遊びに行っていました。酒屋のおばちゃんからは"なんでも食べていいからね"って食べ物を出してくれました。お酒屋さんは早くからテレビが入ってて、夕方になると大工さんたちが20人ぐらいで相撲なんかを見ていました。僕は当時小学校一年生だったから、暗いはだか電球の下で家に一人でいると怖いわけです。そんな時、となりの叔母ちゃんがどんぶり抱えて持って来てくれました。小1の子を周りの人たちが目配りしてくれてました。自分の家に団欒はありませんでしたが、周りの人があったかかったんです。」

「僕は母が大好きでした。僕は子供の頃、入院している母のベッドに潜り込むと、いつも抱きしめてくれました。僕がグレなかったのは母のおかげだと思っています。入院している母の事を思い、そして命って素晴らしいと思うようになって、僕は医療の道を目指しました。」

「僕の父は岩次郎といいます。小学校しか出ていません。タクシー運転手をしながら、病気の母を支え、僕を育ててくれました。大変厳しい生活でした。それでも父は現実から逃げませんでした。」

「僕が高校生の時に、医療の道を目指したいから大学に行きたいと父に相談しましたが、父は反対しました。母の医療費で手一杯なのに、そんなお金がどこにあるんだと。でも僕はどうしても医者になりたい気持ちがあったので、そこで父と口論になり・・・気づいたら父の首に手をかけていました。その時に父が泣き出したんですね。おそらく、父は息子がそんな風にはむかうのが悲しかったのでしょう。その父の涙で、私はハッと我に返ることができたんです。とっさに手がでてしまったけれど、取り返しのつかない事態にならなくて良かったと思いました。」

「僕はよく人から"鎌田さんは優しいですね"と言われます。でも僕の中にもけものが居ることを知っています。誰の中にもいると思います。どんな人もまだら、いいところとわるいところがあります。少し前に、女の子が斧でお父さんの首を切断してしまうという悲しい事件がありました。でもこれは僕と変わらないんです。斧か手かの違いです。だけど、人を殺したり自殺をしてしまったら、取り返しがつかないんです。人間はとっさにしてしまうんですね。僕は父の首をしめてしまった。とっさを乗り越えた人は全ての人が"生きてて良かった"と思っています。」

「僕は父親から自由をもらう代わりに、"俺は女房の医療費で精一杯だから、自分で何もかもやれ"と言われました。僕は父の言われたとおり自分で生活費や入学金を稼いで、東京医科歯科大学の医学部に入って医者になりました。そして累積赤字4億円の諏訪中央病院に赴任しました。知り合いがいたわけじゃないので、ほんとに孤立無援でした。でもそこに医者がいないから行ったんです。僕が赴任した時、"設備は都会の大学病院に勝てないけれど、あったかい医療をしよう"と挨拶しました。みんながそれに応えてくれました。もし僕が"借金を返そう"って言ってたらみんなそっぽを向いたかもしれません。あったかな病院を作ろうとしたら経営も良くなったんです。」

「37歳になった時に、昔僕が父の首を絞めかかったこと、とんでもないことをしてしまったと思いました。1歳の時に、僕は拾われていることを知ったからです。入院している人がいるのに、一人の赤ん坊を拾ってくれている。この人がいなければ、僕は生きていなかったかもしれません。僕の本当の父母はどうしたんだ?そう思った事もあります。でも、岩次郎さんという父と入院していた母がいたから僕がいます。どんな命も一人ではいません。私の家はどうしようもない家系かもしれないけれど、大きな中で生かされていると思っています。だから恨むことはありませんでした。」

「僕はイラクにお薬を届けるNPOの活動をずっとやってきています。イラク国内の難民キャンプでは実際に診察を行っていて、イラクの子供たちにふれあう機会があります。日本では年間3万人の人が自殺してしまう悲しい現状がありますが、「死にたい」なんて思うイラクの子供たちは一人もいません。敵の国に難民として行ってでも生き延びたいと子供達は言います。恨みなんてないんです。9・11の事件がありましたが、憎しみや恨みは暴力に行くだけなんです。大事なものはあたたかさです。お薬を届けると、イラクのお母さんたちは"自分たちが苦しいときに、一番弱い子どもたちを助けてくれてうれしい"と言ってくれます。自衛隊を送ることなんかより、こういう活動の方がずっといい。」

「チェルノブイリでNPO活動している時には、そこで小さな家に住む一人のおばあさんに出会いました。一部屋しかない小さな家です。おばあさんは僕たちに"よく来てくれた、ご飯を食べていけ"と言ってくれました。僕はごはんに弱いんですね。僕たちは彼女にお金が無いことを知っているんです、工場のせいで食材が汚染されていることも知っているんです。でもあったかいんですよ。それがまたNPOを一段とやる気にさせるんです。」

ヴラダン・コチ「みなさんは"プラハの春"をご存じですか、1968年に起こったチェコスロバキアの変革運動です。プラハは、今年の4月にアメリカのオバマ大統領が、"自分達は唯一の原爆を落とした責任がある"と核廃絶を訴えた場所でも有名です。当時のチェコスロバキアは共産主義体制で、若者は自由を求めて民主化運動を行ったんです。でもその時はソ連の戦車が出て夢は実現しなかったけど、それでもあきらめずに自由をずっと求め続けたんです。自由のない国もあるんです。その若者の一人、チェリストのヴラダン・コチは1989年に兵役を拒否して、1年半牢獄に入れらました。ビロード革命という無血革命で政府は転覆し、彼は国際アムネスティの支援を受けていのちを取りとめた。彼は自分が苦しい時に、親切にお金を送ってくれる人たちがいることにとても感激しました。」

「私は諏訪の病院で、51歳の女性の患者さんに出会いました。蓼科(たてしな)でレストランをしている人です。一日一組しか予約を取らないんです。なぜ1日1組か聞いてみたら、"半年前から癌が見つかったから"と言っていました。"癌がひろがって、もうどうしようもないことがわかって、この諏訪のホスピスにきている、少し良くなったらもう一回料理を作りたいと思っている"と。そして、病院の中でフランス料理を作ることになりました。面白い病院です。患者さんのために色んな事を病院の中でします。作ってくれた料理を僕が"うまいうまい"って食べたら、"先生、幸せです"って言ってくれました。幸せって何ですかね。健康や長生きも幸せかもしれないけれど、でも病気であっても幸せだと言っている人は一杯いるんです。チェリストのヴラダン・コチが日本公演のために来日したので、"この患者さんのために弾いてあげてくれないか"と頼むと、"そういう人のために僕は来たんだ"と言ってくれました。コチは自分の辛い時を知っているからなんですね。この方は最期、ご主人に"ありがとう"と言って亡くなっていきました。ご主人がこの病院を去る時、私達に"僕も女房もいい時間をいただきました。ありがとうございました"と言ってくれました。命は有限です。僕は、精一杯生きれるかどうかだと思うんです、長さじゃない。」

「バリアフリーツアー支援のボランティアの一環として、"鎌田實と○○へ行こう"という国内外ツアーを毎年企画しています。ハワイには筋ジストロフィーの患者さんと行きました。彼女はずっと"自分は不幸だ"と自分を呪っていました。何もやる気がおきず、ずっと身の回りの事を全て人にしてもらっていました。彼女は生まれてから海を見たことがないと言っていたので、私は海へ連れて行きました。彼女はその海にとても感激したんですね。その後、彼女は自分からリハビリをする決心をし、家の掃除をするようになりました。人間だから、何でも自分の思い通りにはなりません。でも一年に1つでも好きなことができるなら、生きる気力が出るんです」

「骨肉腫で片足のない女の子に会いました。足が二つある絵を日本人から貰ったと言っていました。この日本人のおかげで骨肉腫の手術を受ける決心をして、そして今、義足を付けていると言っていました。ほんのちょっとあったかいことがあれば、人間は生きていけるんですね。」

「波のない人生なんてありません。どんな人だって何度か病気もするでしょう。経済だってそうなんです。うつ病の人、"私はずっとうつなんじゃないか"と思ってしまうから死んじゃう。でもうつというのは、見方を変えればからっぽということなんです。いっぱい入れる器がある、だからたくさん満たすことができるんです。人生は登るだけじゃありません。人間は下がった時が強いんです。幸せでも健康でも波があります。僕は苦しい時、これ以上下がることはないと思いました。考え方をかえたんです。」

「人と人とのつながりが大切です。友人・家族ということもあるけれど、垂直の命の方もみてください。38億年も前から大きな脈々と続く命。生かされているんです。命を粗末にするなんて、やってはいけないことです。」

「小泉さんは半分正しいことをしたと思います。でももう半分はダメ。資本主義はぶ厚い中流を作ってそれを守ることなのに、競争を持ち込みました。欲望が暴走して、ドライな資本主義だったんです。子育てや介護などないがしろ、あたたかい土台がなかった。あったかいが大事、私はこれをウェットな資本主義といっています。」

「ちょっとの不景気でへこたれないことです。今はろくな政治家がいません。どっちが政権とっても同じです。いい国を作っていくのは自分たちなんです、家族や地域から。多くの人たちが日本人であることに感謝できるように。自分だけの力なんてたいしたことないなんて思わないことです。」

※時間のある時に「発生学」「ミトコンドリアイヴ」「アンネハウス」「アウシュビッツ」「雪とパイナップル」のことを書きます。

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Author:gogomizop
本名:溝口 英巳
[ブログは基本的に、週一更新]

 霊的真理を正しく理解し、何事もおそれず、この世の限りある生を精一杯込めて生きることを目指すスピリチュアリストのブログです。
江原啓之のスピリチュアリズムが中心です。私が彼を師事している理由の一つに、「心」を重んじていることがあげられます。スピリチュアルといっても、ただ霊的な裏付け・視点を増やしているだけで(これらが大切でもあるのですが)、人生をどのように生きていくかについては、しごくまっとうなことを仰っているだけなんです。私は"感謝の中で毎日を現実的に生きること、毎日の丁寧な営み"こそが大切だと思っています。
 日々の内観の確認として、また人生の岐路に立った時・迷った時、皆様の道しるべとなれるなら幸いです。私自身、未熟な存在ですので、色々とご指導を仰ぐことも多々あるかと思います。どうぞよろしくお願いします。
 既成宗教の信仰はございません。精神世界系の団体に加盟すること、作ること、スピリチュアル関連の勧誘行為・経済活動は一切ございません。

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今年2010年はマザー・テレサの生誕からちょうど100年目。只今、「マザー・テレサ映画祭」が開催されています。
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