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真理に生きる(実践スピリチュアリズム)

~ 感謝の中で、毎日を現実的に生きていくこと。毎日の丁寧な営みを。 ~

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愛ある批評を

 ネットやTV、新聞、雑誌、あらゆるメディアの中で、私は愛の無い記事や意見には興味がありません。

 今、一億総評論家時代とも呼ばれています。人のあら探し、批判が耐えません。今の批評は相手をこき下ろしたり罵倒したりするばかりです。しかもネットなどでは言いっ放しで無責任な発言を匿名で書き込むといった実態がみてとれます。それは単に自分が言いたいだけだったり、有名人を叩けば売れるからなどという理由です。仕舞いには二度と立ち上がれないように、社会から抹殺すべく皆でよってたかって攻撃してしまいます。「お前には更正のチャンスなど与えない、排除してしまえ」と言わんばかりです。「死ねばいいのに」なんてTシャツを着ている若者もいるそうです。

 そもそも批評とは、一つのあり方としては叱咤激励し鼓舞するためにあるもの。愛があるからこそ、厳しい意見も時には必要だとは思います。また別の意味では社会的な抑止力・監視の目として大きな意義があります。問題と思われる企業や産業などを提起することで、そのあり方を見直すことに繋がっていったり、第二第三の被害を防いだ事例はいくつもあります。

 だから批評すること自体が悪いわけではない、批評する側の心の問題(動機)を考えていくことが大切だと思います。発言者は、ある程度の危険性を語るのであればまだしも、「相手を名指ししてまで強く批評・批判する」のであれば、以下のような考慮が必要かと思います。
 ・対象の書籍、言動はすべて網羅する
 ・良い面と悪い面(と思われること)の両方を見ていく
 ・徹底的に、そして冷静に慎重に検証する
 ・長い目でその対象を、行く末までつきあう覚悟を持つ(最後まで自分の発言に責任を持つ)
 ・お互いを尊重しあえるよう努める("努める"というところがポイント)
 ・発言者の名前の公表(※これは時と場合による [内部告発などの諸事情により、やむを得ない場合もある] )

 最後に、スピリチュアルな視点で考えてみます。
 人のあら探し、批判が耐えないのは、やはり「目に見えないものへの敬い」を、多くの人たちが忘れてしまったから、(もしくは全く知らないから)ではないでしょうか。「誰も見てないから何してもいいや」、「俺は匿名で守られているから何でもいいたいことを言える」と思っているのは自分だけです。人は都合のいい時だけ神様や守護霊にお願いごとをするけれど、その人の醜い姿(無責任な発言をしている時など)も見えない世界ではすべてお見通しです。そしてその言動はすべてアカシックレコードに記録されています。あの世に行ったときに、自分で自分の姿を見て嫌というほど後悔するのは自分なのです。そこからは決して逃げられません。
 そして自分がされたら嫌なことでも、他人には何したっていい、といった考えは、「グループソウル」を考えていないということもありますが、それよりも自分自身を内観していない(棚にあげている)ということが大きいと思います。自分が未熟だということに気づいていません。相手を責める前に、まずご自身がそんな大層なことを言えるだけの完璧な存在なのかどうか、見つめるべきだと思います。スピリチュアリズムを正しく理解したならば、「人の振り見て我が振り直せ」という諺にあるように、相手の中に自分の欠点を見て、謙虚に反省するしかなくなるはずなのです(波長の法則)。
 スピリチュアリズムでは、「思い、言葉、行為」はすべて同じです。霊的世界では行為というより、その人の心(動機)をみています。だから殺人という行為をしていなかったとしても、「あいつ死んでしまえ」と言ったり思ったりしたということは殺人鬼と同じということになります。今、どこでも「排除」という言葉が盛んに聞かれますが、その言葉も「殺人」と同類の意味で使われていないでしょうか。
 そして、批評することが良かったのかどうかは、形ではなく、やはり大我か小我か、というところがポイントとなります。

 私自身も未熟な存在です。自己をみつめる機会としたいと思います。

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  • posted by  
  •  
  • 2010.02/02 14:42分 
  • [Edit]

NoTitle 

みぞっぷさん、こんにちは。

おっしゃることはわかります。できれば私もそうありたいとしばしば思います。
しかしもしそのような「愛のある批評」しかできないのであれば、そもそもマスメディアは機能不全となるでしょう。
江原さんの「スピリチュアリズムを語る」の中でも霊能者が厳しく批判されていました。私はあの批評に愛など感じませんでしたが・・・。

理念や理想を持つことは大事だし素晴らしいことです。ただ、やはり現実がなかなかそういうふうにはいかないのはおそらくご自身も承知の上なのではないでしょうか?

私自身も以前申し上げた通り、愛のないことをブログに書き連ねています。確かに書いてからいやな気分になることもあります。ただ、そう書かざるを得ない時があるのも事実です。

少なくとも私は愛のある批評をしたいとは思いますが、難しいですね。ならば書かなければいいだろうというご意見もありますが、それも難しいと思います。

私が思うにあまりにも誹謗中傷がひどくないのであれば、ある程度の「毒」はむしろスパイスになるのではないのかなと思います。

「愛のある批評」、心に留めたいと思います。

  • posted by はるひろ 
  • URL 
  • 2010.02/02 15:09分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

はるひろさん、こんばんは。

正直なコメント、ありがとうございました~。
いや~今回の記事は、はるひろさんのご指摘に救われました。
どうやら私は一面的な見方しかしていない状態で公開してしまったようですね。
浅はかでした。失礼しました。

今朝、この記事を書いている時、様々なことを思い巡らせ文章を構成していたのですが、
その多くがうまく纏めるところまでいかず保留にしていた文章がかなりありまして、
結局それを控えた結果、当初の文章になった次第です。
ただその後、はるひろさんからコメントをいただいて読ませていただき、
なるほど確かにあの私の文章のみでは誤解を与えかねないと気づかされまして、
第二版として大幅に加筆いたしました(スピリチュアルな視点も含めました)。
また、そうとは言い切れないと思い直した箇所については修正も入れております。

ご指摘、ありがとうございました!
私もこの記事から、自分を見つめる機会としたいと思います。


※理想と現実について
 確かにそうですね。現実は厳しいことはよくわかります。
 人間の心がそんなに急速に成長していないことは、歴史が物語っています。
 でも、あきらめたらそこで終わりですからね。
 大切なのは、現世視点で(たかだか100年ぐらいの間だけで)捉えないことだと思っています。
 もっと長い目で、たましいの再生の繰り返しの中での視点でみる必要があると思います。
 気づいた人から一人ずつ、少しずつでもいいから変わっていくことを祈っています。

※江原さんの「スピリチュアリズムを語る」の中でも霊能者が厳しく批判されていた件について
 なるほど、「江原さんの批判は愛など感じない」と。
 私の中では、なぜこのように江原さんが仰っているのか、その理由は自分なりに理解しているつもりですし、賛同できる内容でした。
 こちらについては次回以降の記事にさせてくださいね。
  • posted by gogomizop 
  • URL 
  • 2010.02/02 21:40分 
  • [Edit]

NoTitle 

こちらのエントリにも思わずレスさせていただきます.

確かに愛の無い批判・批評,記事・コメントは大変多いです.それは好ましいものではないことは確かですし,一方で,はるひろ様がおっしゃるように,現実の世界はそれでは成り立たない,むしろ健全な成長を妨げる...ということも真実だと思います.つまり,いずれもアリだと僕は考えます.

毒を受けた者は,その毒で成長する機会が与えられます.毒がある言葉を発する人は,その毒をやがて自分で受けることで,成長するでしょう.すべては自己責任であり,自分が播いた種は自分で刈り取るしか無いと思います.

だから,そのような発言をする人を貶めるでもなく,称えるでもなく,そのような現実であることを受け入れながら,自分はどう思うのか,どのように動機を持つのか...を考えることが,スピリチュアリストとしてのあり方のひとつかな?と思うのです.

いきなりのレス,大変失礼しました.


  • posted by 求道猫 
  • URL 
  • 2010.02/20 19:25分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

求道猫さん、コメントありがとうございました。
求道猫さんのような方とやり取りができ大変嬉しいです。

仰ることにはほぼ共感の内容です(^^)。ただ私の文章が少し一面的な面に偏ってしまった、あるいは話の展開・方向性がズレてしまったようで、やや誤解を与えてしまったかもしれません。失礼いたしました。

この記事ですが、一つには私自身の戒めというところがございました。私自身の意見をブログで公開する以上、責任を持って記事を書かなければいけないなというところを改めて再確認し、また無責任な発言などとは一線を画したいという点もあり、その決意を込めてこの記事の公開と同時に実名を出しております。

もう一つには、私自身がずっと考察し続けている「他者との関わり方」をテーマにして、「愛ある批評」を記事にしたというところがございます。私自身も「他者を通して自分を見つめる」ことが基本だと思っていますし、(私の願いや霊的実相は申し上げましたが、)各々の自覚なくして個人の成長はないと思っております。それが前提にありつつも、そこから更に進めて、自分から発信していくことも同時に考えていきたいと思っております。これは私の考える「築く幸せ」にも通じている部分です(http://gogomizop.blog83.fc2.com/blog-entry-82.html)。ただその時に、他者(社会)とどういう関わり方をすべきなのか、そこを深く考えていくことが重要だと思っています(いずれ記事にしたいと思います)。

考察の機会を与えてくださり、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

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Author:gogomizop
本名:溝口 英巳
[ブログは基本的に、週一更新]

 霊的真理を正しく理解し、何事もおそれず、この世の限りある生を精一杯込めて生きることを目指すスピリチュアリストのブログです。
江原啓之のスピリチュアリズムが中心です。私が彼を師事している理由の一つに、「心」を重んじていることがあげられます。スピリチュアルといっても、ただ霊的な裏付け・視点を増やしているだけで(これらが大切でもあるのですが)、人生をどのように生きていくかについては、しごくまっとうなことを仰っているだけなんです。私は"感謝の中で毎日を現実的に生きること、毎日の丁寧な営み"こそが大切だと思っています。
 日々の内観の確認として、また人生の岐路に立った時・迷った時、皆様の道しるべとなれるなら幸いです。私自身、未熟な存在ですので、色々とご指導を仰ぐことも多々あるかと思います。どうぞよろしくお願いします。
 既成宗教の信仰はございません。精神世界系の団体に加盟すること、作ること、スピリチュアル関連の勧誘行為・経済活動は一切ございません。

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